前回のブログ記事で書いたように。本来は国民の「生命を守り」、豊かな生活を保障するためにある「国家」が、自分たちの責任を放棄して「国民」に「一億玉砕」を命じるのはきわめて異常であると思います。
かつて、そのことを考えていた私は「戦争について」というエッセーで「銃をとらねばならぬ時が来たら、喜んで国の為に死ぬであらう。僕にはこれ以上の覚悟が考へられないし、又必要だとも思はない」と書いていた文芸評論家の小林秀雄が、戦前の発言について問い質されると「僕は政治的には無智な一国民として事変に処した。黙って処した。それについては今は何の後悔もしていない」と語っていた文章に出会ってたいへん驚きました。
『永遠の0(ゼロ)』という小説を私が詳しく分析しようと思ったきっかけの一つは小林秀雄の歴史認識の問題でしたので、ここでは林房雄との対談の一節を引用しておきます。
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1940年8月に行われた鼎談「英雄を語る」で、「英雄とはなんだらう」という同人の林房雄の問いに「ナポレオンさ」と答えた小林秀雄は、ヒトラーも「小英雄」と呼んで、「歴史というやうなものは英雄の歴史であるといふことは賛成だ」と語っていました。
戦争に対して不安を抱いた林が「時に、米国と戦争をして大丈夫かネ」と問いかけると小林は、「大丈夫さ」と答え、「実に不思議な事だよ。国際情勢も識りもしないで日本は大丈夫だと言つて居るからネ。(後略)」と続けていました。
この小林の言葉を聴いた林は「負けたら、皆んな一緒にほろべば宣いと思つてゐる」との覚悟を示していたのです。(太字は引用者、「英雄を語る」『文學界』第7巻、11月号、42~58頁((不二出版、復刻版、2008~2011年)。
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「負けたら、皆んな一緒にほろべば宣いと思つてゐる」という林房雄の無責任な発言には唖然とさせられましたが、戦後は軍人の一部がA級戦犯として処刑される一方で、戦争を煽っていたこれらの文学者の責任はあまり問われることはなく、小林秀雄の文章は深く学ぶべきものとして、大学の入試問題でもたびたび取り上げられていたのです。
しかも、評論家の河上徹太郎と1979年に行った「歴史について」と題された対談で、「歴史の魂はエモーショナルにしか掴めない」と説明した小林は、「歴史の『おそろしさ』を知り抜いた上での発言と解していいのだな」と河上から確認されると、「それは合理的な道ではない。端的に、美的な道だと言っていいのだ」と断言していました。
『罪と罰』を論じて「罪の意識も罰の意識も遂に彼には現れぬ」と解釈していた小林秀雄が、果たして「歴史の『おそろしさ』を知り抜いた」と言えるでしょうか。「同じ過ちを犯さないため」に「歴史を学ぶ」ことを軽視して、小林秀雄のように「情念」を強調する一方で歴史的な「事実」を軽視すると、日本人は同じ過ちを繰り返して「皆んな一緒に滅びて」しまう危険性があるのではないでしょうか。
リンク→『黒澤明と小林秀雄――「罪と罰」をめぐる静かなる決闘』(成文社、2014)
小林秀雄の著書の題名には「考えるヒント」という読者を魅了するようなすぐれた題名の本もありますが、しかし、彼の方法は「考える」ことを断念して「白蟻」のような勇敢さを持つように大正の若者たちに説いた徳富蘇峰の方法に近いのです。
地殻変動によって国土が形成され、地震や火山の活動が再び活発になっている今、19世紀の「自然支配」の思想を未だに信じている経済産業省や産業界は、大自然の力への敬虔な畏れの気持ちを持たないように見える安倍首相を担いで原発の推進に邁進しています。
原発や戦争の危険性には目をつぶって「景気回復、この道しかない。」と国民に呼びかける安倍政権のポスターからは、「欲しがりません勝つまでは」と呼びかけながら、戦況が絶望的になると自分たちの責任には触れずに「一億玉砕」と呼びかけた戦前の政治家と同じような体質と危険性が漂ってくるように思えます。
(2016年2月17日。リンク先を追加)
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