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『若き日本と世界ーー支倉使節から榎本移民団まで』(東海大学出版会、1998年)を「著書・共著」に掲載しました

『若き日本と世界ーー支倉使節から榎本移民団まで』(東海大学出版会、1998年)を「著書・共著」に掲載しました

昨日、掲載した「ドストエフスキー関連年表」には、1792年に第1回ロシア使節としてラクスマンが漂流民の大黒屋光太夫を伴って来日したことや、光太夫の貴重な異文化体験を記録した蘭学者・桂川甫周の『北嵯聞略』を元に、作家の井上靖氏が長編小説『おろしや国酔夢譚』を書いたことや、その長編小説を元に日ソ合作の映画《おろしや国酔夢譚》が撮られたことも記しました。

江戸時代に行われたこのような日露の交流や大黒屋光太夫によってもたらされた情報は、吉田松陰の師・佐久間象山に日本でもピョートル大帝の改革をモデルに海軍建設の必要性を説かせるほどの影響を与えました。しかし、ペリー提督がアメリカ艦隊を率いて浦賀に来航した翌月には、ロシアのプチャーチン提督がやはり艦隊を率いつつも、シーボルトの助言により、浦賀ではなく長崎に来航していたことはあまりしられていません。

本書において私は、ドストエフスキーと同時代の作家でプチャーチン提督の秘書官として来日したゴンチャローフの眼をとおして、幕末の日本だけでなく上海や沖縄がどのように描かれていたかにも注目しながら、日本の「開国」とほとんど同じ時期に勃発していたクリミア戦争の問題も考察しました。

支倉常長の使節団の考察から始まる本書には、ロシアからの二回目の使節団に同行したラングスドルフの著作の紹介や、日露関係にも深く関わっていたシーボルトの研究、さらには高杉晋作の見た上海租界の状況など、幕末期だけをとっても興味深い論文が多く収められています。

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