ドストエフスキーは長編小説『未成年』において、主人公のアルカージイにグリボエードフの劇『知恵の悲しみ』を見たときの感激を語らせていますが、それは若きドストエフスキー自身の感想とも重なるでしょう。
このことは『死の家の記録』についてもいえるでしょう。ドストエフスキーはそこで降誕祭の時期に民衆出の囚人たちが演じた劇について記していますが、この記述は民衆芝居の最初の記録の一つでもありました(拙著『欧化と国粋――日露の「文明開化」とドストエフスキー』刀水書房、2002年参照)。
いずれ詳しく分析したいと思いますが、評論家の小林秀雄が『死人の家の記録』と見なしたこの作品には、民衆の持つエネルギーがきちんと描かれていたのです。
HPの標記のページの記事でも少しふれましたが、台詞がきわめて重要な働きを担っているだけでなく、音楽や舞台構造も重要な役割の一端を果たしている総合芸術としての演劇は、作家ドストエフスキーの創作方法にも深く関わっていると思えます。
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