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大河ドラマ《龍馬伝》の再放送とナショナリズムの危険性

大河ドラマ《龍馬伝》の再放送とナショナリズムの危険性

分かりやすい平易な文章で描かれてはいますが、厳しい歴史認識も記されている長編小説『坂の上の雲』が、NHKのスペシャル大河ドラマとして2006年から放映されることが決まったと知った時には、強い危機感を持ちました。

征韓論から日清戦争をへて、日露戦争にいたる明治の日本を描いたこの長編小説を冷静に読み解かなければ、国内のナショナリズムを煽(あお)るだけでなく、それに対する反発からロシアや中国、さらには韓国のナショナリズムも煽られて、日本とこれらの国々や、欧米との関係にも深い亀裂が生じることになると思われたからです。

脚本を書いていた才能ある作家・野沢尚氏の自殺のためにテレビドラマ《坂の上の雲》の放映は延期となりましたが、ふたたびその構想が浮上したときには、坂本龍馬を主人公とした大河ドラマ《龍馬伝》(2010)を間に挟んだ形で、2009年から2011年の3年間にわたるスペシャルドラマとして放映されることなりました。

名作 『竜馬がゆく』で司馬遼太郎氏は、ペリー提督が率いるアメリカの艦隊が「品川の見えるあたりまで近づき、日本人をおどすためにごう然と艦載砲をうち放った」ことに触れて、これは「もはや、外交ではない。恫喝であった。ペリーはよほど日本人をなめていたのだろう」と激しい言葉を記していました。

しかし、土佐における上士と郷士との血で血を洗うような激しい対立をもきちんと描いていた司馬氏は、「尊王攘夷の志士」だった若き竜馬がすぐれた「比較文明論者」ともいえるような勝海舟と出会ったことで急速に思想的な生長を遂げていく様子を描いています。

「時勢の孤児」になることを承知しつつも、「戦争によらずして一挙に回天の業」を遂げるために「船中八策」を編み出した竜馬は、暗殺されることになるのですが、司馬氏はこの長編小説を「若者はその歴史の扉をその手で押し、そして未来へ押しあけた」という詩的な言葉で結んでいました。

残念ながら、「むしろ旗」を掲げて「尊王攘夷」を叫んでいた幕末の人々を美しく描き出した大河ドラマ《龍馬伝》の竜馬にはそのような深みは見られず、この大河ドラマを挟んでスペシャルドラマ《坂の上の雲》の放映が行われた後では、「国」の威信を守るためには戦争をも辞さないという「気概」を示すことが重要だと考える人々や、竜馬の理念を受けついだ明治初期の人々が獲得した「憲法」の意義をも理解しない政治家が大幅に増えたように見えます。

昨日、大河ドラマ《龍馬伝》の再放映が行われていることを知り驚愕しました。

《坂の上の雲》の放映は大きな社会的問題となりましたが、選挙戦のこの時期に大河ドラマ《龍馬伝》の再放映が行われていることも大きな政治的問題を孕んでいると思えます。

 

 

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