(東宝製作・配給、1955年、「ウィキペディア」)。
68回目の「広島原爆の日」が訪れました。しかし、「核廃絶」という日本人の悲願にもかかわらず、むしろ「核拡散」の危険性が広がっているようにさえ見えます。
先日のブログでは、汚染水の危機と「報道」の問題について記しましたが、8月3日の毎日新聞(ネット版)は、「原発輸出:国民負担に直結 国のリスク不十分な説明」という署名記事で、「国会」での十分な議論もなく進められている「原発輸出」の危険性を指摘しています。地球環境だけでなく、国民の経済にも直結するきわめて重要な問題なので引用しておきます。
記事は「日本が安全確認体制を整備しないまま、原発輸出を強力に推進し続ける背景には」、原発事故の責任を「原発を規制する国(立地国)が負う」と規定している原子力安全条約の存在があるが、「インドには電気事業者だけでなく、製造元の原発メーカーにも賠償責任を負わせる法律があり、米国はこの法律を理由に輸出に消極的とされる」と指摘しています。
そして、安倍晋三首相は「新規制基準」を前提に原発輸出を正当化したが、「原発事故から2年超を経てなお約15万人が避難する現状に照らせば、無責任な輸出は到底許されない」と結んでいます。
インドへの原発の輸出という出来事は、印パ両国が核実験を行い核の拡散が懸念されるようになった1998年の事態をも連想させます。
古い記事になりますが、「印パ両国による核実験と核兵器廃絶の理念の構築」という題名でコラム「遠雷」に発表した記事を再掲しておきます。
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五月一一日から一三日にかけてインドが行った五回の核実験に続いて、インドと緊張関係にあるパキスタンが二八日と三〇日に六回の核実験に踏み切った。
インドの核実験は、その直後に開催されたサミットの特別声明で強く「非難」され、日米両国は経済制裁にも踏み切っていた。このような中で各国から自制を強く求められていたパキスタンが「最高の国益に合致」するとして核実験に踏み切ったことは、米ロ英仏中の五カ国以外の核保有を禁じた核不拡散条約(NPT)が破綻の危機に瀕したことを意味する。
だが、湾岸戦争以降、非西欧諸国に野火のように広がった民族主義の台頭や、核軍縮の遅々とした歩みを冷静に振り返るならば、世界に強い衝撃を与えた今回の事態も、充分に予想され得たことであり、それは問題の根元を明らかにしたとも言える。
すなわち、NPTの無期限延長が決められた一九九五年の会議では、核廃絶の期限を明記することが非核保有国から求められたが実現しなかった。一九九六年に国連総会で採択された包括的核実験禁止条約(CTBT)の直前には、国際的な激しい非難の中、フランスと中国が相次いで実験を強行し、採択以降には、米国が未臨界実験を度々繰り返している。
他方、インドは緊張関係にある中国を含む核大国に核兵器使用禁止条約の締結を求めていた。しかし、国際司法裁判所は一九九六年に、核兵器の使用を一般的には「人道的な諸原則に反する」とはしたが、広島、長崎両市長などの強い主張にもかかわらず、「自衛」の際の使用については、違法か否かの判断を回避したのである。
このような経過は、非核保有諸国に敵対国から自国が核攻撃されるのではないかという懐疑心や恐怖心を抱かせ、民族意識の高揚を招いたと思える。
故松前重義総長は、「真に平和な社会を築くこと」を「現代文明の第一の課題」とされた。核拡散の危険性が現実となった現在、私たちに求められているのは、「文明論的な視点」から、狭い意味での「国益」にとらわれることなく、地球的なレベルでの安全保障につながる「核兵器廃絶の理念」を早急に確立することであろう。
(「遠雷」『東海大学新聞』1998年6月、734号)
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黒澤明監督はアメリカがビキニ沖の環礁で行った水爆実験によって「第五福竜丸」が被爆した事件に衝撃を受けて映画《生きものの記録》を1955年に公開していました。
大ヒットした映画《七人の侍》の翌年に公開され、やはり三船敏郎を主人公としていたこの映画は予想外の不入りに終わりましたが、ヒットしなかった原因の一つは、すでに日本でも「原子力の平和利用」という大キャンペーンが行われていたためであることはあまり知られていないようです。
日本では原発と原爆とは無縁と考える人が増えているようだが、原発の技術は原爆に結びついており、そのために北朝鮮による原子力発電所の建設が危険視されていることを忘れてはならないでしょう。
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8月1日(木)には『はだしのゲン』など原爆の悲惨さを伝える作品が各国語で翻訳されていることを伝えるNHKの番組くらし☆解説 「原爆の悲惨さを世界に伝える」が(広瀬公巳解説委員)が放送されましたので付記しておきます。
ただ、よい番組だったと感じましたが、原爆の悲惨さを世界に伝えるためには、まず日本の政治家がこれらの本の内容をきちんと理解することは当然として、学校教育の教材としても取り入れることで「日本人」の子供たちに事実を知らせることが重要だろうと考えています。
(2017年6月3日、図版を追加)