目次
はじめに 司馬遷の『史記』と司馬遼太郎
一、司馬遼太郎というペンネーム
武田泰淳の『史記』論 /時代小説と「列伝」という手法
二、「大衆文学」と歴史認識
桑原武夫の「大衆文学」観/「おとぎ話」と「司馬史観」
序章 「司馬史観」の生成――『風の武士』と初期の短篇
一、「辺境」への関心――「ペルシャの幻術師」と「戈壁(ごび)の匈奴」
「刺客列伝」と初期の暗殺者たち/ペルシャの幻術とインドの婆羅門教/シルクロードと異文化(文明)の交流/ 海音寺潮五郎の司馬評価
二、『風の武士』の時代背景――幕末の「攘夷思想」と桃太郎譚
ペリー艦隊の来日と「攘夷思想」/「伝奇小説」と「おとぎ話」/天狗の出現
三、日本文明の原形への関心とかぐや姫譚
丹生津姫命(にぶつひめ)絵巻とかぐや姫譚/柘植信吾と安羅井人/緒方洪庵の弟子・早川夷軒/ 黒潮の流れと異民族の漂着/『風の武士』における街道/ 武内宿禰と「三韓征伐」
四、アイデンティティの危機と新しい歴史観の模索
鏃(やじり)の感触と異民族への関心/「馬賊の唄」と蒙古語の学習/ 学徒出陣と小説への思い/ 敗戦の体験と新しい歴史観の模索
五、異国の体験と浦島太郎譚
「国栖ノ国」と「穴居人」/流浪のユダヤ人と安羅井国/ 柘植信吾の帰還と浦島伝説
六、異文化(文明)の交流への関心――日本文明の多元性
海音寺潮五郎の「蒙古来る」と「兜率天の巡礼」/ 秦氏と広隆寺
第一章 時代小説の原点――『梟の城』と忍者小説
一、伊賀の歴史と『梟の城』の時代背景
伊賀の風土と「街道」/ 織田信長の「伊賀征伐」/報復としての「暗殺」/今井宗久と前田玄以
二、アイデンティティの危機と新しい生き方の模索
『梟の城』と忍者ブーム/ 政商今井宗久と小西隆佐/ 二つの価値観/葛籠重蔵と宮本武蔵/ 武士と立身出世
三、「朝鮮征伐」と報復としての暗殺
「朝鮮征伐」の考察/ 金権政治と戦争/ 風間五平の挫折/ 暗殺者としての重蔵
四、テロリズムの克服
暗殺者から観察者へ/忍者の修業と山伏の修業/ 題名の二重性/「英知」の象徴としての「梟」
五、『梟の城』から長編『宮本武蔵』へ
直木賞と『梟の城』/ 司馬遼太郎の吉川英治観/「大衆文学」と歴史認識/従者としての武士の批判/「真説宮本武蔵」から『宮本武蔵』へ/
六、司馬遼太郎の戦国観
学校教練と『宮本武蔵』/山中峯太郎の冒険小説と『坂の上の雲』/ 「サムライ史観」の批判/司馬遼太郎と葛籠重蔵
第二章 乱世の「英雄」と「天命史観」――『国盗り物語』(斎藤道三)と『史記』
一、乱世の梟雄・斎藤道三
氏素性の否定/ 漢帝国の創始者・劉邦の出自/ 「僭称者」としての斎藤道三
二、油問屋の奈良屋――中世の商業と女性の地位
『国盗り物語』と「貨殖列伝」/女性の財産と立身出世/「司馬史観」と女性/有力神社と専売権/「神人」の批判から楽座へ
三、斎藤道三と「天命史観」
美濃と壬申の乱/ 斎藤道三と豪商・呂不韋/「天命史観」と天守閣/占いと「日者列伝」
四、乱世の「英雄」と「非凡人の思想」
斎藤道三とマキャベリ/乱世と「非凡人の思想」/観察者としてのお万阿/道三と呂不韋の挫折
五、権力の継承と「分身」のテーマ
織田信長と明智光秀/濃姫をめぐるライバル関係/「坂の上」というキーワード
第三章 「天下布武」と近代国家――『国盗り物語』(織田信長)と『夏草の賦』
一、「革命家」としての織田信長
サンスケという名前/国際都市・堺/ 織田信長とナポレオン
二、ライバルとしての明智光秀
足利幕府の再興と明智光秀/細川藤孝と明智光秀/ 明智光秀の織田信長観/道具としての部下/ 猟師と猟犬の喩え
三、「中央」と「辺境」の考察――『夏草の賦』
千代と菜々の土佐観/ 土佐の豪族と渡来人/信長の外交政策と元親/ナショナリズムと「国民意識」/信長と始皇帝の外交政策/「突撃の思想」の考察
四、中世の「グローバリゼーション」と織田信長
「天下布武」の印と「馬揃え」/ レコンキスタからナポレオン戦争へ/ 比叡山の焼き討ちと織田信長/「おとぎ話」的な世界理解/織田帝国のアジア政策
五、帝王としての織田信長
権力者と側近/「支配と服従」の心理/ 暗殺者としての明智光秀/「神」になろうとした男・信長/ 信長から秀吉へ
第四章 「鬼退治」の物語の克服――『功名が辻』の現代性
一、司馬作品と読み解く鍵としての『功名が辻』
「列伝」としての『功名が辻』/千代の変化/司馬の作風と単語の意味の二重性
二、作品前半の「おとぎ話」的な構造
理想の上司としての秀吉/「坂の上の鬼」との戦い/功名の手段としての戦い/泉州唐国という地名/戦国時代の主従関係/叩き上げの武将としての秀吉
三、新しい女性としての千代
千代の芸術的才能/千代の文才/ 馬揃えと桃太郎譚/情報の重要性/殺さない武将としての秀吉
四、「英雄」の「愚人」化
秀吉と信長の関係/ 秀吉の演技力と天下取り/立身出世主義の影/千代と寧々/捨て子「拾君」と養子「秀次」
五、「朝鮮征伐」と桃太郎譚の誕生
キリシタンの禁制と桃太郎譚/「朝鮮征伐」と桃太郎譚/「朝鮮征伐」と『故郷忘じがたく候』/「朝鮮征伐」における言語政策
六、「土佐征伐」と「正義の戦争」の否定
豊臣政権の崩壊と千代/「土佐征伐」と桃太郎的な自意識/桃太郎譚と近代の歴史観/千代と「マクベス夫人」/洞察者としての千代
終章 戦争の考察と「司馬史観」の構造――『竜馬がゆく』から『坂の上の雲』へ
一、薩長同盟から大政奉還へ――『竜馬がゆく』
「長州征伐」の批判/幕末の国際情勢と龍馬の世界観/龍馬の死と
正岡子規の誕生
二、日英同盟の評価から批判へ――『坂の上の雲』
「文明開化」と日英同盟/大国との軍事同盟の危険性/秦と大英帝国の
外交政策/『坂の上の雲』と『功名が辻』の構造/『菜の花の沖』と
江戸期の再評価/「文明国」の二重基準への反発
三、核兵器の時代の平和観――「二十一世紀に生きる君たちへ」
グローバリゼーションとナショナリズム/中江兆民の文明観と平和憲法/
比較文明学と「司馬史観」/「二十一世紀に生きる君たちへ」
関連年表/参考文献/あとがき
書評と紹介
(ご執筆頂いた方々に、この場をお借りして深く御礼申し上げます。)
書評 『比較文明』第23号(服部研二氏)
書評 『異文化交流』第8号(金井英一氏)
「あとがき」より
二〇〇六年にNHKの大河ドラマで『功名が辻』が放映されることを知ったとき、なんとか放映中に『功名が辻』論を含む司馬の時代小説を論じた著書を書き上げたいと強く思った。それはNHK衛星放送で放映され好評を博した『宮廷女官 チャングムの誓い』と同じように一六~七世紀の女性を主人公としながらも、陰謀や戦争によって一族の栄達をはかろうとすることへの厳しい批判精神を秘めているこの時代小説を読み解くことは、これまで拡がった「司馬史観」への誤解を解き、司馬の代表作の一つである『坂の上の雲』への理解を深めるよい機会だと思えたからである。
さらに、司馬遷を深く敬愛した司馬遼太郎の時代小説を読み解くには、戦国時代から家康による天下統一までの時期を扱った一連の作品を「列伝的な視点」で分析する必要があるだろうと考えていたが、その意味でも戦国の梟雄と呼ばれた斎藤道三を主人公の一人とした『国盗り物語』から信長、秀吉、家康という三代の権力者に仕えた山内一豊・千代夫妻を主人公とした『功名が辻』に至る時代小説を分析することで、司馬の時代小説が持つ「列伝」的な構造を明らかにすることができるだろうと考えたのである。
それゆえ、急遽思いついたという事情もあり、本書の執筆はつねに時間に追われながらのきつい作業となったが、その一方で、大学に入ってから読んだ司馬の時代小説に、『史記』からの影響やドストエフスキー的な要素を色濃く見い出して、興奮しつつ読みふけっていた三〇年以上も前の頃が鮮やかに思いだされ、その時の感動を再び味わいながら、感動の理由を改めて考察することができ、充実した時を過ごすことができた。(中略)
『風の武士』を論じた本書の序章では、司馬の古代中国やペルシャ文明への深い関心や日韓の歴史的な深いつながりにも言及したが、比較文明学的な広い視野で乱世における戦争の問題から目を背けることなく凝視し続けた司馬の作品を考察した本書を通じて、新しい希望や理念を若い世代に伝えることができれば幸いである。(後略)